• 研究開発コラム

肝臓ヒト化マウスの歴史 第3話

ジェノミクス事業部 岡垣郁香

前回の肝臓ヒト化マウスの歴史 第2話では、肝臓ヒト化マウスとは何の関係もない血液凝固ー線溶系の研究のためのトランスジェニックマウス(以下;Alb-uPAマウス)作製し、多大な苦労の末に2系統が樹立されるまでをお話しました。この樹立された系統では「トランスジーン(Alb-uPA)を受け継いだマウスの約半分が生後3日以内に出血で死亡するが、この時期に死亡しなかったマウスはその後も生存する」という不思議な経過が観察されます。今回のコラムでは、この「なぜ長期生存できるマウスが現れるのか?」を追求した論文「Sandgren et al. Cell 66:245-256, 1991」を紹介します。この研究成果が肝臓再生を研究する手段を我々に提供してくれることになります。論文を投稿した筆者自身も論文の締めくくりで「Although an unexpected finding,(予期せぬ発見であったが)」と述べる、予想外の分野を切り開いた内容を一緒に追ってみましょう。

Alb-uPAマウスは、肝臓で過剰産生されたuPAが血漿中に大量に存在することで血液凝固が正常に機能しない特徴を持っており、結果として生後数日で致命的な出血により死亡します。Albプロモーターは肝細胞が機能を維持する限り、言い換えるならマウスが生存する限り働くため、生きている間は常にuPAが過剰産生され続け、出血死の危険と隣り合わせの生涯のはず...。ところが生き残ったAlb-uPAマウスを調べると実に不可解な現象が起こっていました。血漿中のuPAレベルは徐々に低下し、それに伴って血液凝固機能が12ヵ月の間に完全に回復、なんとAlb-uPAマウスは健康体になってしまっていたのです。

さらにAlb-uPAマウスを調べると、非常に特徴的な所見を確認することができました、肝臓の色です。樹立された2系統のAlb-uPAマウス(ヘミ接合体)の肝臓には、赤い肝組織(以下;赤肝)と白い肝組織(以下;白肝)の2種類の細胞集団があり、週齢によって肝臓全体に占める赤肝と白肝の割合が異なることが観察されました。この割合の変化を時系列に沿って並べてみましょう

 ・生後1週間未満:赤肝は肉眼的に認められない

 ・3~5週齢:大部分は白肝だが、直径1mm以下~1cm超の赤肝が散見される

 ・6~8週齢:赤肝が増える、数個の大きな赤肝が肝臓の大部分を占める場合もある

この時系列にピンときませんか?まとめて並べると・・・

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なんとも相関がありそうな結果の数々。時系列から考えると、白肝は元々のトランスジーンを持った肝組織で、生後に何らかの要因で赤肝が出現し、増殖した赤肝が白肝に取って代わった結果、マウスが生存可能になったようにみえます。筆者らは、この一連の所見について多岐にわたる実験・解析を行い、大きく三つの結果にまとめて報告しています。

 1. 肝細胞の染色体の相同組換えでトランスジーンを欠失した肝細胞(赤肝)が発生する

 2. 白肝は肝毒性を持つ

 3. 赤肝は再生肝に似た特徴をもつ

1は遺伝子の挙動に関する大変面白い内容ですが、今回は肝細胞が体細胞分裂を繰り返す過程で、トランスジーン発現を消失した肝細胞が極少数出現していた、と理解しておいてください。樹立したトランスジェニック系統において一般的に期待されるのは、トランスジーンの発現が標的細胞内で長期間にわたり安定することなので、時間経過と共にトランスジーン発現が消失していくこの表現型は珍しいものであり、元々はこの表現型の解明を目的として始まった研究だったようです。研究をつきつめたら、再生分野のブレイクスルーに結び付いたわけです、基礎研究の妙ですね。

さて、現在の我々の研究開発にも大きく関わる内容であり、次回コラムで理解の足掛かりにもなるであろう23について、もう少し詳しく論文を紹介したいと思います。

顕微鏡下で組織を比較してみると、赤肝は細胞の大きさは不均一であるものの、非トランスジェニックの正常肝細胞と類似した特徴を備えていました。対して、白肝は正常な肝細胞と異なる特徴を複数持っていました。

白肝 赤肝
  • 細胞質の空胞化が目立つ小さな肝細胞を含む
  • 白化の一因と思われる脂肪の増加が認められる
  • 線維化・循環障害・大規模な壊死はないが、個々の肝細胞には変性の兆候が認められる
  • 正常な肝細胞を含んでいる
  • 分裂像が観察される
  • 境界面では、赤肝が白肝を圧迫した像が観察される頻度が高く、赤肝の拡大が示唆される

次に、Alb-uPAマウスのホモ接合体が作製されました。同週齢のヘミ接合体と比較したところ、ホモ接合体に特有の所見が複数確認されました。まず、出生直後の出血死を生き延びたホモ接合体のほとんどが重度の浮腫を起こし死亡しました、ヘテロ接合体では確認されなかった死因です。死亡したホモ接合体の肝臓は白肝のみで構成されており、赤肝と白肝が混在するヘミ接合体とは対照的でした。血液検査結果も対照的で、ホモ接合体の肝不全判定に対し、ヘミ接合体は全項目が正常判定でした。加えて、ホモ接合体は蛋白産生が著しく低下しており、この結果、重度の浮腫が発生し死亡したことが示唆されました。ごく一部のホモ接合体は長期生存しましたが、生存個体の肝臓には死亡個体と異なり赤肝が出現していました。

ホモ接合体 ヘテロ接合体|長期生存したホモ接合体
  • 赤色結節の発生率が大幅に減少
  • 3~5週齢から赤肝部分が散見される
  • 出生後に生存したホモ接合体のうち、8割の個体は36週齢で重度の浮腫を発症し死亡
  • 死亡個体の肝臓は白肝で構成されており、肉眼的に観察できる赤肝はほぼ認められない
  • 出生後に生存したホモ接合体のうち、2割の個体は2ヶ月以上生存
  • 生存個体の肝臓では死亡した個体と比較して赤肝の密度が高い傾向が認められた
  • ホモ接合体の死亡個体(肝臓に赤肝無)の血液化学検査は肝不全の診断と一致
  • 血清中の総タンパク質とアルブミン濃度が4倍以上減少→血管内圧低下で重度浮腫が生じたと考えられる。複数の解析結果から、肝臓における蛋白産生低下が原因と示唆された
  • 生存したヘミ接合体(肝臓に赤肝有)ではすべての血液化学検査は正常値

さらに、白肝と赤肝それぞれの組織を採取し、肝臓特異的な遺伝子発現を調べた結果、uPAの発現レベルに顕著な違いが認められました。白肝からは高レベルのuPAの持続的な発現が認められ、対照的に赤肝からの検出可能な発現がありませんでした。加えて、特定の肝毒素の指標となるα-fetoproteinの白肝における産生は、赤肝の最大20倍に達していました。

白肝

赤肝
  • 高レベルのuPA mRNAが持続的に発現
  • アルブミンとプラスミノーゲンのmRNAレベルは非トランスジェニックマウスよりわずかに減少
  • 検出可能なuPA mRNAの発現なし
  • アルブミンとプラスミノーゲンのmRNAのレベルは非トランスジェニックとほぼ同じ
  • α-fetoproteinの産生量は赤肝の520

これらの生存個体と死亡個体の所見、ならびに赤肝と白肝における発現解析の結果は、成体マウスにおいて白肝(によるuPA発現)が肝毒性を持つことを示しています。

この「白肝が肝毒性を持つ」という結果は重要なキーワードです。少し話がそれますが、ヒトの肝臓移植ではドナー肝臓の約1/31/2が移植用に切除されます。残った肝臓は切除後の短期間で増殖し、再生肝でほぼ元のサイズまで復元される話は聞いたことがあるのではないでしょうか。肝臓は驚くべき臓器で、部分的な肝切除や、肝細胞死を引き起こすような毒性障害の後、残った成熟肝細胞が増殖するように誘導される性質を持っています。「白肝が肝毒性を持つ」ということは、白肝が存在する肝臓で、正常肝細胞の増殖を誘導するシグナルが誘発された状態である、ということなのです。

赤肝も深堀りしてみましょう、トランスジーンの発現解析から、赤肝はuPA発現による悪影響から解放された肝細胞であることが示唆されました。Alb-uPAマウスでは赤肝の領域が時間経過と共に明らかに拡大しており、この挙動は再生肝に非常に似ています。

そこで、赤肝の再生特性を調べるために、赤肝と白肝を持つAlb-uPAマウスと対象群の非トランスジェニックマウスを用いていくつかの実験が行われました。

まず、重水素チミジン標識を利用し、DNA合成中の細胞数とその位置が調べられました。結果、赤肝では標識された核が白肝の約2倍確認されました。この結果は赤肝が白肝よりDNA合成を活発に行っていることを示しており、赤肝の増殖優位性と一致した結果です。さらに、フローサイトメトリーを用いて、4倍体または8倍体のDNAを持つ肝核の割合も調べられました、非トランスジェニックと比較して、赤肝で倍数化細胞の割合は大きく増加し、対して白肝ではわずかに減少が確認されました。倍数化細胞は肝切除や肝毒性で増殖を誘発された肝細胞で増加する特徴があります。つまり、赤肝は正常肝細胞による再生肝と同じく、肝毒性による増殖誘発のシグナルを正常にキャッチし、実際に急速な増殖段階にあったことが示されたのです。そして、赤肝が白肝をほぼ置換してしまうと、増殖を続ける癌細胞と異なり、赤肝の増殖は停止します。これは、肝再生が完了したことを示すシグナルにも赤肝が適切に反応できることを示しています。総じて、赤肝は正常肝細胞の再生肝に極めて近い特徴を有していたのです。

最後に注目部分を抜き出してみましょう

 A) 白肝に肝毒性があった=正常肝細胞の増殖を誘導するシグナルが出ている

 B) 赤肝は正常肝細胞の再生肝と極めて似た特性を持つ細胞だった

 C) AとBの条件が揃っている時、肝臓内に極少数発生した赤肝の細胞は、肝臓全体をほぼ置換するレベルまで増殖し得る

この結果がそろった時、貴方が研究者なら次のステップにどんなことを考えるでしょう。もしかして、こう考えたのではないでしょうか「肝細胞を外からちょっぴり入れたら肝臓まるっと再生できるんじゃないか?」とかね。さて、ステップアップの顛末は次回コラム「マウス肝細胞の移植(同種移植)」にバトンタッチといたしましょう。